2016年10月12日水曜日

プノンペンの迷案内人、井上さんが死去!新居移転目前で…

1990年代後半から2000年前後のプノンペンで、好事家たちの水先案内人として名を馳せた「井上太夫」こと大鋸力也(おおのこりきや)さんが9月26日、入院先のプノンペン市内の病院で亡くなりました。54歳でした。弊誌永遠名誉董事長・クーロン黒澤がポッドキャスト版シックスサマナの最新回で明らかにしたものです。
1962年(昭和37年)神奈川県生まれ。大学卒業後に某大手商社に就職するものの、出張で訪れた台湾の風俗店でサラリーマン生活の限界を悟り、依願退職してアジアを放浪。1990年代後半にカンボジアへ移り住み、当時置屋窟として全盛だったスワイパーを訪れようとする旅行者の案内役を務めるなど、その手の好事家の間では知らない人がいないとまで言われる地位を確立しました。

しかし、自ら運営していた「プノンペンあぶない掲示板」にスワイパーで働いていた置屋嬢のヌード写真を投稿する人が現れたにもかかわらず、井上さんは削除しないまま公開を続けたため、管理責任を問われて2003年(平成15年)9月、日本に一時帰国したところを神奈川県警察生活安全部少年捜査課と藤沢警察署(神奈川県藤沢市)に逮捕されてしまいます。このニュースは児童ポルノの公然陳列容疑(児童ポルノ・児童買春禁止法7条の6)で国外犯を適用された全国初の事例として大きく報道されました。同年12月、井上さんは横浜地方裁判所(横浜市中区)で懲役2年・執行猶予4年の有罪判決を受けて釈放され、社会に復帰しました。

ところが、その後の日本やベトナムでの生活で持病の糖尿病を悪化させ、片眼、また片眼と視力を失い全盲になってしまいます。どうせ死ぬなら、最期は自分が愛したカンボジアの地で。井上さんは執行猶予が解けた後の2011年、再びカンボジアの土を踏みました。

カンボジアに戻った井上さんは、逮捕前から運営していた別のHPにあるアフィリエイト広告の収入で何とか食いつなげるようになったものの、アパートの大家さんからの嫌がらせもあって再び体調を崩します。井上さんの古くからの知り合いでもあるクーロン黒澤が中心となり、クラウドファンディングで資金を集めて新しいアパートへ引っ越すという計画を始めますが、一方で井上さんの体調は日に日に悪化。目標金額を達成したものの、引っ越せるかどうかも危ない状況になり、結局、6月26日に更新されたポッドキャスト第169回「井上さん地獄の毒ガスアパート(後編)」が最後の肉声となってしまいました。

クーロン黒澤からは、次のコメントが寄せられました。

「今回クラウドファンディングで集まったお金は、支援者の志を尊重したいご遺族の意向もあり、井上さんと生前交流のあった困窮日本人の支援に充てられることになりました。納骨した寺の場所なども随時公開してゆくつもりです」

新天地を目前にして病に倒れた井上さん。何とも悔やみきれないと思います。縁のあった皆さん、是非次号のシックスサマナにコメントを寄せていただきたく存じます。それが井上さんへの供養になるはずです。